カブールの幽霊/特集



2005年10月から開始した[カブールの幽霊]展は、現在までに3回の展示を実現しました。
最初はアフガニスタンの首都カブール、次に東京の南青山、そして横浜の「県展」です。
これらの展覧会はわたしたちに新たな可能性や方向性、そして新しい出会いを与えてくれました。
その機会を得れましたのも、みなさま一人一人のご理解とご支援に支えられたからにほかなりません。 誠にありがとうございます。
その軌跡と成果をお伝えすべく、水的通信/第4号は[カブールの幽霊]展を中心に報告いたします。

[カブールの幽霊]展には二つの目的があります。
一つは国内でLike Water Pressの活動を広めること。
もう一つは《ファンタジー劇場キャラバン》の活動支援金を集めることにあります。
そこで、展覧会場では[カブールの幽霊]展の画集やDVD、Tシャツ等を販売して参りました。
今後も積極的に[カブールの幽霊]展を各地で展開し、キャラバンの支援金を呼びかけていく所存です。
アフガニスタンでは、子どもたちがわたしたちを待っています。
キャラバンの実現に向けて、どうぞ、みなさまのお力をお貸し下さい。


あらかじめ夢見ることを
奪われている子どもたちの
夢の物語に耳を傾ける………

[カブールの幽霊]に出会うまで

1979年の旧ソ連の侵攻以来、アフガニスタンは25年にわたる戦争と内乱のもとにありました。その戦火を通じて600万人以上もの人々が難民として国外へ逃れ、500万人以上の人々が住むべきところや家屋を失い、いわゆる国内避難民となったといわれています。そして戦争が終結してからも、国外の難民キャンプからの帰還者たちが首都カブールの銃痕だらけの廃墟に住みついています。
また街路には、孤児となって働かなければならない子どもたち、いわゆるストリート・チルドレンも多くいます。
このようにアフガニスタンにもまた「夢を見ることさえあらかじめ奪われた子どもたち」があふれています。そういう子どもたちは、どういう夢や思いを抱いているのでしょうか。

わたしたちは、そういう子どもたちに向けて、2005年3月から《ファンタジー劇場キャラバン》の活動を国境沿いの難民キャンプからアフガニスタン国内にしぼりました。パキスタンとイランの進める帰還政策により、多くのアフガン難民が母国へ返されはじめていたからです。
新たに展開されるアフガニスタンでの活動に向けて、わたしたちはその子どもたちの実態をリサーチしました。
そこで一つの興味深いデータに出会ったのです。UNICEFとNGO のSave the Childrenが共同で調査してまとめた『カブールの子どもたち/Children in Kabul』という報告書です。タリバン政権崩壊後のカブールの子どもたちの「心のありよう」を聞き取ってまとめたものです。
そのなかの2つの項目がわたしたちの目をひきました。それは、子どもたちが「最も怖いと思うもの」と「最も嫌だと思うこと」のベスト10をリストにしたものです。その第1位がともに「ghosts=幽霊」だったのです。
「その幽霊はどのような姿かたちをしているのだろう?」
その自問が出発点でした。そして2005年3月、カブールを訪れたわたしたちは、ストリート・チルドレンや国内避難民キャンプに暮らす子どもたちに「幽霊を見たことがある?」と尋ねてみました。すると、数人の子どもたちがうなずくではありませんか。
この思いがけない反応に、わたしたちはその幽霊の絵を描いてもらうことにしたのです。
わたしたちが紙とカラーペンとを配ると、子どもたちは夢中になって「幽霊」の絵を描き始めました。なかには生まれてはじめて絵を描く子どもたちもたくさんいます。一口に「幽霊」といっても、彼らの絵にあるのは怖さや残酷さだけではありません。ユニークで愉快なものも多く、そこにさまざまな物語があるのです。わたしたちは、その一枚一枚の絵に込められた子どもたちの想像力の豊かさとリアリティーに目を見張ると同時に、それらの絵をもっと多くの人々に見てもらいたいと考え、キャラバンの行く先々で子どもたちの幽霊の絵を集めることにしました。
こうして、わたしたちは、たくさんの[カブールの幽霊]たちに出会うことになったのです。

幽霊、子どもたちの夢の物語

わたしたちが集めた500余点の絵には、実にさまざまな「幽霊」が表現されています。
遊び友だちのような人なつっこい幽霊、角の生やした悪魔のような幽霊、花をもつ幽霊、ユラユラとゆらめく幽霊、口から血をしたたらせる幽霊、赤ん坊の臓器を取り出す女性、両手に子どもを抱える人さらい、髭をたくわえたタリバン兵、人や鳥を銃で撃ち殺す男、埋められた地雷の上を歩く母娘、鏡に見入る女性、地中に埋められたあらゆる種類の地雷を探す犬と人、爆撃された家、花に囲まれた可愛い家、吠える野良犬、地中にうごめくヘビ、木にからまるヘビ、空飛ぶヘビ、一つ目人間、ガイコツなどの魑魅魍魎たち……。
これらの幽霊の多くは、子どもたちが夢の中で出会ったものでした。得体のわからない奇妙な絵もたくさんありますが、どの幽霊の絵も実感によって描かれていることがわかります。紙とカラーペンシルが渡されると、どの子もためらわずに描きはじめました。「上手く描いてやろう」という意識などありません。なかには絵を描いたことのない子もいて、ただひたすら描くことに集中していました。彼らにとって描くことそのものが楽しいのです。
そのせいでしょうか、アイテムとしては怖い、暗い、悲しいものが多いにもかかわらず、怖さ、不安、悲しみよりも先に絵を描く楽しさがストレートに絵に表われていました。どんな暗い内容の絵も、輝いてさえ見えるのです。

そもそも、この子どもたちの幽霊に出会わなければ、[カブールの幽霊]展の実現はありえませんでした。 世界の、とりわけ虐げられた子どもたちの絵を紹介するという試みは目新しいものではありません。エイズや小児癌、飢えや貧困などにあえぐ子どもたちの絵を通して支援を呼びかけるNGOもよくみられます。
しかしわたしたちにそのような発想はありません。いつか日本の若いアーティストたちを誘って難民の子どもたちと一緒に絵を描いてもらおうというアイデアはありましたが、子どもたちの絵を集めて日本で見せようという考えはなかったのです。しかしながら、わたしたちはカブールの幽霊たちに出会ってしまいました。
新しい幽霊に出会うたびに、その子どもたちの夢の物語があまりにも輝いているので、それらをもっと見てみたい、みんなに見せてあげたい、そこから新しい可能性を探ってみたいという願望が増していったのです。そして、その単純な願いこそが《ファンタジー劇場キャラバン》を支える軸にほかなりません。

そして、もう一つの嬉しい理由。これは絵を集めつづける中で実感したことですが、子どもたちの幽霊の絵の多くは《ファンタジー劇場キャラバン》へのお返しとして生まれたものではないか、ということです。
ファンタジー映像を見ることで、彼らの中にはさまざまなイメージが湧いてきたはずです。実際、 わたしたちのファンタジーの内容を彷佛させる絵もあります。ファンタジーを見たことで考えたり想像したり夢を見たり、なんらかの形でその幽霊像が引き出されことは間違いありません。
そこで、こう思い至ったのです。わたしたちが夢(ファンタジー)を語ったことで、そのお返しに子どもたちが彼ら自身の夢物語を聞かせてくれたのだ。それこそが[カブールの幽霊]に出会えた理由なのだ、と。
わたしたちが夢の種を届けた結果として生まれた子どもたちの夢物語。あの子どもたちの描いた幽霊の絵は、わたしたちのファンタジーに呼び起こされて生まれた、言葉にならない彼らの苛酷な過去と無垢な未来の物語なのです。

夢の聞き手として

………子どもたちの絵がどんなに暗いものでも、そこに輝きをみるのはなぜか?
そのことをさらに考えてみたところ、最近になってある考えに辿りつきました。それもすべては、彼ら一人一人の夢を聞く相手がいてこそではないかと。自分の夢を聞いてくれる存在を得た喜びが描くことを夢中にさせ、絵の輝きをさらに増させるのではないか。そして、それが子どもたちの想像力あふれるイメージのもとになっているのではないかと思い至ったのです。
自分の話しを聞いてくれる相手、自分に触れてくれる相手、自分を見つめてくれる相手、そんな相手を求めているのはわたしたち大人も同じです。ましてや子どもたちにとって、自分に関心を向けてくれる存在を得ることは何にも増して嬉しいことにちがいありません。しかも、その子どもたちのほとんどが日常の中で愛情や優しさを注がれる経験がないのです。自分に関心をもってもらえたことが嬉しくて、その人のために描いたものだからこそ、子どもたちの絵があんなにも明るく輝いているのかもしれません。ほかでもなく彼らに与えた喜びが、彼らの絵に輝きを添えていたのです。
このことを通して再認識させられたのは、夢の語り手であることは同時に夢の聞き手でもあるということです。子どもたちは夢の中でそれぞれの幽霊に出会い、その物語を紙の上に描き上げました。一枚の紙の上に初めて形となった物語、それが [カブールの幽霊]です。そしてその絵を見たわたしたちが、子どもの夢物語をひも解いていく……。こうして一枚の絵に引き合わされた思いと思いが相乗するとき、そこにまた新たな夢の物語が生まれてくるのかもしれません。

………We supply dream for the children
   deprived in advance of dreaming.
わたしたちの活動の基本的な理念でもあるこの言葉のとおり、わたしたちは子どもたちにファンタジーを届け、子どもたちの幽霊に出会いました。
戦争や悲劇の記憶から生まれた、言葉にならない恐れや不安や悲しみ。しかしその子どもたちの恐れも不安も悲しみも、すべては夢の中で追体験したものです。それは子どもたちの深層言語ともいえ、それだけにとても独創的です。単なる子どもの絵ではありません。
「恐れる子どもは憎む大人になる」という言葉があります。わたしたちはみな憎む前にまず恐れるものがあり、その結果、恐れる子どもは憎む大人になる、というのです。憎しみは恐怖の結果でしかありません。最初にあるのは恐怖、その恐怖はわたしたちをいとも簡単に麻痺させ、わたしたちから自由を奪います。そのため、わたしたちは憎しみに頼るのです。恐れるものを正視したり対決したりするよりは、憎むほうが楽だからです。
わたしたちが子どもたちにファンタジーを届けるのも、幽霊の絵を描いてもらうのも、そして夢の物語を語らせるのも、子どもたちに「憎む大人」になってほしくないからかもしれません。戦争や貧困によって内にはびこってしまった恐れを少しずつ吐き出していくことで、子どもたちが憎しみという連鎖に逃げ込まなくていいように。夢の中で味わう恐怖や絶望をそのままにしておかないように。そのためにも夢の物語を聞いたり語ったりすることは子どもたちに必要なのです。夢を語らせたり聞いたりすることは、子どもたちさえ気づいていない彼ら自身の夢を気づかせることでもあります。
[カブールの幽霊]は、「幽霊=恐れ」が跋扈する岸から「夢=自由」の世界へと子どもたちを運ぶ渡し船(媒体)になると信じ、これからも子どもたちに幽霊の絵を描いてもらいつづけます。


第1回[カブールの幽霊]展


 

期間:2005年10月17日〜20日
会場:フランス文化センター(カブール)
協賛:NGO : ASCHIANA

2005年10月、当地カブールで最初の[カブールの幽霊]展を開催しました。<子ども週間/Children's Week in Kabul 2005>と題し、「子どもたちの、子どもたちによる、子どもたちのための文化祭」の催しの一つとして企画されました。劇場版《ファンタジー劇場キャラバン》と併せての2部構成です。 [カブールの幽霊]展はフランス文化センターのロビー、ファンタジー作品の上映は同センター公会堂で行われました。本格的な劇場用スクリーンでの上映もまた、わたしたちにとって初めての試みでした。




この[カブールの幽霊]展の準備には子どもたちも参加しました。カルガイ国内避難民キャンプの子どもたちです。展覧会の3日前、17枚のベニヤ板をキャンプに運び込みました。「幽霊」の絵を展示する背景として、その板に子どもたちの絵を描いてもらうためです。100本ほどのカラーペンを配ると、子どもたちは思い思いに絵を描きはじめました。女の子は花/家/人形、男の子は自然/人物/乗り物、若者は女性/ハート/鳩など、年齢や性別によって描きたがる絵のパターンがありました。
やがて板には色とりどりの絵が描き込められました。どの絵も生き生きとしてダイナミックです。もとより彼らに絵の模範があるわけではありません。それらはただひたすら直感や実感によって描かれていました。この子どもたちの即興の絵(落書き)の愉しさは一体どこからくるのでしょうか。各々がシンプルで強烈、これらの個性的な絵を前にわたしたちは、ただ舌を巻くばかりでした。

展覧会3日目にはカルガイ国内避難民キャンプの子どもたちを単独に招待しました。展示された幽霊の絵には彼らの描いたものが多く、また展示準備を手伝ってくれたのも彼らです。自分たちの描いた絵をゆっくり鑑賞してもらおうと、再度、展覧会に招待したのでした。
会場を訪れた子どもたちは自分の描いた絵をみつけては大喜びし、だれもが絵の前で写真を撮ってほしいとせがみます。自分の絵が飾られている嬉しさからなのか、普段と違う場所を訪れた楽しさからなのか、子どもたちの興奮はいっかな静まりません。ただ、あの子どもたちの様を思い出すにつけ一つだけ言えることは、あの興奮は彼らの新しい体験の真っただ中に起こったということです。「自分の絵を見ること」または「自分の描いた絵を誰かが見てくれること」、そのいずれにせよ、彼らはあのとき新しい体験をしたのです。その喜びから発せられた興奮であったのは間違いありません。


第2回[カブールの幽霊]展


期間:2006年1月21日〜2月24日
延長:2006年3月1日〜9日
会場:SPICA art ギャラリー (東京南青山)
後援:アフガニスタン大使館
協賛:アフガニスタンの会

2006年1月、SPICA art ギャラリーの協力を得て、[カブールの幽霊]展を東京で開催しました。「遊び友だちとしての幽霊たち」「いじめっ子の幽霊たち」「怖しい生き物としての幽霊たち」「子どもを傷害する悪霊たち」「戦争と爆撃の記憶」からなる5つのテーマを週替わりで5週間にわたって展示。さらにその後の会期延長では、総集編として約350余点の作品を展示することができました。




展覧会初日は大雪に見舞われ、静かな幕開けとなりましたが、約6週間にわたる開催期間中300人以上の来場者の方々を迎え、 予想以上の好評を得ることができました。
来場者の方々の反応の中で最も印象的だったのは、 子どもたちの絵の前で意表を突かれたような、あるいは感慨深げだったことでした。それぞれ年齢も来場される理由もさまざまなら、 それぞれ気になる「幽霊」の絵もさまざまで、まるで、その絵の物語に耳を傾けているようでした。


第3回[カブールの幽霊]展

期間:2006年5月1日〜6日
会場:横浜市民ギャラリー/「県展」
主催:神奈川県美術家協会

神奈川県による「県展/ジュニア部門」への参加展示。日本やアジア諸国の子どもたちの絵にまじってアフガンの子どもたちの[カブールの幽霊]が展示されました。
 出品者関係の来場者が多い中、[カブールの幽霊]の絵の前で足を止める人も少なくありません。とはいえ、[カブールの幽霊]展と題される単独の展覧会と違い、なかには「カブールってなに?」「タリバンってなに?」と聞いてくる人もいます。彼らにとってアフガニスタンという国はまるで存在していないかのようでした。
「県展」は他国の子どもたちの絵を見る機会も与えてくれました。日本以外では、韓国、タイ、カンボジア、ベトナム、バングラディッシュなどのアジアの子どもたちの絵です。それらの絵を見て気づかされたのは、日本の子どもたちと他のアジアの子どもたちの絵の違いでした。アジアの子どもたちの絵には生活感、他者との関係性、物語性があるのに比べ、日本の子どもたちの絵からは彼らの実感が伝わってきません。ほとんどが、かわいい、カッコイイ、美しい、そういった概念だけで描かれているようでした。「子どもの絵はみな同じ」といわれがちですが、「子どもの絵はみな異なる」という事実を改めて確認した思いです。
また会期中の印象的な出来事にこんなことがありました。たいていの子どもは幽霊の絵を怖がって見るのを避けがちですが、まれに幽霊の絵の前に自らたたずんで絵に見入る子もいます。そんな子の一人が長い間、「遊び友だちとしての幽霊たち」の絵を見ていました。そして母親に手を引かれて帰る間際、こう言ったのです。
「お母さん、一緒に遊んでくれる幽霊がいたらいいな」




そしてなによりも考えさせられたのは、[カブールの幽霊]に対する根本的な質問を受けたことです。 「なぜ、美しいものや好きなものを描かせないの?」
好きなもの、楽しいもの、幸せだと思うもの、美しいと思うもの等々、もっと善的なものを子どもたちに描かせるべきだと指摘をする声もありました。
しかし、それは飢えた人にご馳走の絵を描けというのと同じで、わたしたちには想像もつかないものです。
アフガンの子どもたちに彼らが既に失われている好きなものや美しいものを描けとはいえません。
幽霊というテーマだからこそ彼らに描いてもらい、彼らも描いてくれたのです。
結果、そこに描かれたものには美しいものや好きなものもありました。花、鳥、美しい家、公園……、彼らが手に入れられない、既に失われているものの数々です。それらの絵は、好きなものや美しいものが奪われている子どもたちの現実をつきつけてきました。
もし「好きなもの」がテーマだったら、そういう絵は描かれたでしょうか。「幽霊」だからこそ描かれた彼らの願望でした。だからこそ、その絵はより美しいのです。たとえ描かれたものが幽霊でも、子どもたちの絵は美しく輝いています。絵の美しさとは、描かれた対象にあるのではなく、描く人の心の内にしかない……。そのことを[カブールの幽霊]たちが、わたしたちに教えてくれたのです。



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