大阪 in 釜ヶ崎

2011. 3. 8〜3.21
共催:NPO法人ココルーム
カフェ「ココルーム」&カマン!メディアセンター



大阪の展覧会第2弾として3月8日から2週間、釜ヶ崎で「カブールの幽霊・物語展」(パネル画30点)を開催しました。釜ヶ崎は失業や鬱病、家庭不和など、現代日本が抱える不条理や歪みが集約されている場所でもあります。展覧会の詳細については、NPO法人ココルーム・スタッフの方が寄せて下さった下記の言葉に委ねたいと思います。



釜ヶ崎に来た「カブールの幽霊」
ココルーム/岡本マサヒロ


洋の東西を問わず、子どもの絵には生き生きとした自由さと躍動感がある。アフガニスタンの難民キャンプに暮らす子どもたちが描いた「カブールの幽霊」も、大胆なタッチと鮮やかな色彩で描かれた力強さを感じる絵である。しかし、じっくりと目を凝らして絵を見つめ、さらに絵に添えられた文章をあわせて読んでみると、これらの絵をただ楽しいといった感情だけで眺めることはできないことに気づく。戦争のために家族を殺された子どもたち、あるいは人さらいに友だちが誘拐されるところを目撃した子どもたち。「カブールの幽霊」は、子どもの表現力の豊かさとあわせて、彼らが直面した辛い現実をも私たちに知らしめる。
それらの絵が釜ヶ崎にたどり着いた経緯を思い返すと、目に見えない何かしらの力に導かれたとしか思えて仕方ない。その経緯は次のごとくである。
まず私が最初に「カブールの幽霊」のことを知ったのは、ココルームのお客であるJさんが持ってきてくれた新聞記事を通してである。若い頃ジャーナリズムの勉強をしたJさんは、現在は大阪市内の飯場に住み込みながら日雇いの仕事をしている。仕事がない週末にはココルームを訪ねてくれ、私が興味をもっていそうな雑誌や新聞記事の切り抜きを置いていってくれる。彼がもってきてくれた記事のなかに大阪・天六のギャラリーうずめの「カブールの幽霊展」の記事があった。私はそれを読み、ぜひ見たいと思った。しかしながら、いつのまにか時は過ぎゆき、「カブールの幽霊展」の期日をうっかり忘れていた。展示の最終日を教えてくれたのは、仕事をしながら芝居に取り組むSさんであった。ココルームに来たSさんは、私に向かって開口一番「カブール行った?」。彼は「カブールの幽霊展」を前日に見てきて、衝撃を受けたようであった。それを聞いた私はあわてて会期を調べてみたが、なんとその日が最終日であった。私は急きょ会場であるギャラリーに直行することとした。
さて、絵を見たあとLike Water Pressのお二人と話しをした。アフガニスタンのことだけではなく、ココルームや釜ヶ崎のことなども私たちは語りあった。
釜ヶ崎は日本最大のドヤ街として知られ、人口の多くは日雇い仕事を求めて全国各地から集まって来た男性である。現在では高齢化がすすみ、生活保護受給者の数も増えている。またこの街には野宿者も相当数いる。釜ヶ崎には過去との繋がりを絶ち切って移り住んできた人びとが多い。
そうした状況は、家族と離れ離れになり移住を余儀なくされた難民キャンプに暮らす人びとやカブールの子どもたちの体験とよく似ている。心に傷を負った人びとが暮らすという点においても、カブールと釜ヶ崎には通じるものがある。こうした共通点を瞬時に嗅ぎとったのであろう。彼らは「これらの絵の行き場所が釜ヶ崎というのも悪くない」と言ってくれた。かくして「カブールの幽霊」が釜ヶ崎に来ることが決定したわけである。
カブールの子どもたちと釜ヶ崎の住民は、不思議な縁で結ばれている。「カブールの幽霊」の絵がアフガニスタンの子どもたちの影と光をあらわしているとしたら、釜ヶ崎の人たちの表現にはどんな光が見られるのであろうか。ココルームでの展示を通して、私はそんなことを考えていた。



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